お坊さんとお茶を

先日お坊さんがお経を読みに来ました。久々にゆっくりとお茶を飲みながらお話をしましたが、お坊さんもいろいろ悩みがあるようです。

お坊さんという仕事

わが家の菩提寺は曹洞宗のお寺です。毎月母の命日にご住職がお経を読みにやってきます。いつも忙しそうなお坊さんですが、私はできる限りお茶を勧めます。高齢の父と一緒にお茶を飲んで話をしていって欲しいからです。

お坊さんの仕事というのは葬式や法事ばかりではありません。「人の話を聞く」というのもお坊さんの大事な役目なのだ、と95才の父はよく言います。お茶を飲みながら話をするというのが良いのでしょう。

お坊さんに話を聞いてもらうと、何だか気が楽になるという人がいると思います。若い人でも、禅寺に行って座禅をしたり、お坊さんの話を聞いたりしますしね。

ただし「話を聞いてもらいたいと思えるようなお坊さん」に限りますが・・・(これが大事)。下界のお坊さんもいろいろだからね。

お坊さんとお茶飲み話をする機会が多いのは老人だと思います。特におばあちゃんたちの中には物をあげるのが大好きな人がいます。

食べ物とか手作りの物・・・育てた野菜、手作りのお菓子、手編みの靴下やセーター、そして紙で作った鳥や人形など。お坊さんにあげて満足気。もらった方のお坊さんは断るわけにもいかず、お寺に持って帰ることに・・・。

その結果、野菜は良いとしても・・・セーターや靴下などは住職の奥さんのお好みではないことが多くて、使われることはほとんどなかったりします💦。それでも「受け取ってあげる」ことも仕事なんですよね。

お茶の相手も楽ではない

お坊さんは一日に何軒かの檀家を回ってお経を読みます。お茶を出される度にしっかり飲むと水腹になってしまうそうです。お茶の相手も楽ではないようです。

来てもらう檀家の方ではお茶だお菓子だと用意しても、お坊さんは他の家にも行くわけですからね。だから私はあまりあれこれとお出ししないことにしています。

以前こんな話を聞いたことがあります。

お坊さんが来るからと、張り切ってお茶受けにいろいろ用意するおばあさん。やって来たのはご住職の息子さんで若いお坊さんでした。やっぱり若い人が来てくれると嬉しいのでしょう。おばあさんのサービスはエスカレート。「若いんだから食べなさい」と、大きなパンをど~んと出されたりします💦。

その若いお坊さんは、一生懸命にお年寄りの話を聞いたり、せっかく出してもらったからと出された物をしっかり食べていたそうです。するとしだいに体重が増加。お寺に戻ってからジョッギングをする羽目になったそうです。

そのお坊さんも、数年たった今では、出されたものをみんな食べることはせず、うまくコントロールしながらお茶飲み話の相手をする術を身につけたようです。

回向寺の悩み

ここまで檀家を持つ「回向寺」(えこうでら)のお坊さんの話をしてきました。回向とは死者の成仏を願って供養することです。

回向寺は法事やお経のお布施で収入を得ています。しかし最近は、若い人が都会に行ってしまいお墓を守る人がいないからと檀家をやめるケースが増えています。そうなると回向寺の存続が危うくなり、行きつくところは廃寺です。

私のように地方に住む者が直接係るのは、檀家を持つ回向寺です。参拝客がどっと押し寄せる国宝級の大寺院とは違い、お寺の維持は容易ではありません。

ただお寺側がお金を前面に出しすぎると、ますます人が離れて行ってしまうでしょう。その辺はお坊さんたちもしっかり心得て、檀家に捨てられないように・・・。

ライフスタイルが変化し、インターネットでお坊さんを頼むことさえできる時代。また面倒な葬式を避けて、小さな葬式ということで家族葬がかなり流行っています。その方がお金もかからないというわけです。

したがってお寺もいろいろ考えて工夫していかないと収益が減り、お寺の維持が難しくなってきます。それが今の回向寺お坊さんたちの大きな悩みです。

なお檀家を持たないお寺は「祈祷寺」といい、現生利益を願います。墓地もなく、葬儀や法要も行いません。拝観料やお守りなどの販売で収益を得ます。観光地の有名寺院などは拝観料だけでもかなりの収入になるようです。

まとめ

よく仏教離れといわれますが、相変わらず京都や奈良をはじめ、有名寺院への参拝客はたくさんいます。ただこれは信仰心というよりも、観光的な視点から参拝する人が多いのではないでしょうか。

あるお坊さんがいっていましたっけ、「みんな仏教が嫌いになったわけじゃないんです。お坊さんが嫌いなんです。」と。うはっ!という感じでした。

ふとあの「尼寺精進日記」でおなじみの音羽山観音寺を思い出しました。あの小さなお寺は檀家の無い祈祷寺です。精進料理やお守り、今ではNHK出版による本までありますから、それらの販売が収益になっているのです。

お堂も小さく、境内も決して広くはない尼寺ですが、「あのご住職たちに会いたい」と全国から信者がやってきます。

回向寺、祈祷寺に係わらず、お寺に人を引き寄せるためには、そこのお寺に魅力を感じる何かが必要になってきます。立派な建築物や仏像ではなく、何よりもそこのお坊さんの魅力が必須かも知れませんね。

そういえば先日来ていただいたご住職のおじいさんのことを思い出しました。この方はとても愛されたお坊さんでした。当時子供だった私や姉も、そのお坊さんがやって来るだけで嬉しかったものです。その存在だけで人を嬉しくさせるお坊さん~良いですよね。

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