ほどほどが良いときもある~情報提供について、ナースの例

いろんな場面、特に災害時などではより明確で詳細な情報提供が望ましい。ただし時にはあまりにも詳しい情報が、受け止める側を苦しませることもあると知りました。重症患者の家族から聞いた話です。

家族が病気になったとき、身内や友人に看護師やその経験者がいると心強いものですよね。何かとアドバイスや情報をもらえたりするから助かります。

看護師という仕事は私が最も尊敬する仕事のひとつです。

散歩さえ面倒だからと犬も飼えない私にとって、病人のお世話をするのが仕事だなんてリスペクト以外の何物でもありません💦。看護師になる人たちって、基本親切で良い人に決まっています。そう私は信じている。

ただ看護師さんたちも人間。カラーはいろいろです。

ケース① 情報が詳しすぎて怖い?

つい最近、近所の60代の男性が亡くなりました。その奥さんが漏らしておられた話です。

夫の闘病中、親戚の看護師さんをしている方が、彼の病気のことについて教えてくれたそうです。それはそれは詳しく~。

彼女としては自分が持っている専門知識を惜しげもなく提供してくれたのでしょう。親切心でね。

ところが夫の病気がかなり重かったこともあり、提供された情報が詳し過ぎて、その近所の奥さんとしては恐ろしくなってきたのだとか💦。かなり落ち込んだ模様。

結果としては奥さんの夫は亡くなってしまったわけですが。どうせなら知らないでいた方が心が穏やかでいられたのだけれど、なんてことも。

重症患者がいる場合、ただでさえ緊張感を強いられる家族。少しでも穏やかに過ごしたいと思っても不思議はありません。

この場合は、提供される情報が詳し過ぎて、相手を動揺させてしまった例です。もちろん提供する側はあくまでも親切心からなんですけどね、たぶん。

ケース②大雑把だけれど話していると癒される

ケース①とは反対に、同じナースでも専門知識の提供はそこそこでわりと大雑把。でも話していると癒される人もいます。これ実は私の友人。

彼女はそれほど専門的な角度からの情報提供はしてきません。ただ話を聞くのが上手いといいますか、こちらの気持ちが和らぐ人です。

私はこれまで何度か彼女に救われてきました、メンタル面で。特に父が倒れた時は、彼女の存在がつくづくありがたく感じました。

一週間持つか持たないかと医師にいわれ、こちらは大焦り。意識が戻らずベッドに寝たきり状態が続いていた父でしたので、家族は悶々としていました。

そんな中、仕事が休みの日に差し入れ持参で私のところに来てくれた彼女。忙しいはずなのに何度も。

お茶を飲みながらいろいろ話しました。「おかしいな~そろそろ薬が効いてくるはずなんだけれどな~」という感じのベテランナース(笑)。

父の意識がなかなか戻らなくて悶々としていた私ですが、彼女と話していると癒されたのを覚えています。

病人を抱える家族にしてみれば、やたらと専門的な角度からあ~だこ~だと話されるよりも、心を温める対応をされた方が良いことがあるという例です。

二か月後、父が退院した時には、すごく喜んでくれたのも彼女でした。

そういえば私が大腸がんの精密検査をすることになったときも、「そうだね、見てもらえば良いよね」という感じ。

でも検査の結果「異状なかったよ」というと、これまたすごく喜んでくれたのが印象的でした。やっぱり心配してくれていたみたい(笑)。

さいごに

具体的な情報はある方が望ましい。だけどそれも時と場合によるよね、ということです。

災害時のように、物理的なことに関する情報?はできるだけ詳しい方が助かります。でもこの記事に書いたような重病人を抱えるときなどには、情報過多の提供は必ずしもありがたいものではないことも・・・。

あっ、懸命に詳しい情報提供をしてくれたナースの方も、当然親切心からのはずですから。ただその加減なのかな。

ありがたいはずの情報提供ですが、時にはほどほどに・・・相手の心に寄り添うことも必要だというお話でした。

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