あなたには尊敬する人がいますか。私にはたくさんいます。
不器用なせいか、自分ができないことを簡単にやってのける人をすごく尊敬してしまう傾向があります。それがたとえ小さな子供でも・・・。
職人さんたち
屋根やさん
大雨降る早朝、雨音がうるさくて目が覚めました。あまりにもうるさいので窓を開けて屋根に目を向けると、雨どいの継ぎ目から雨がばしゃばしゃ落ちているではないですか。こりゃたまらん、ということで早速修理依頼をしました。
数日後、はしごをのせたトラックがやってきました。降りてきたのは若い職人さん。長いはしごを登り屋根の上をトントンと歩いています。すごいな~。怖くないのだろうか。まあ怖がっていたら仕事にならんわな。
修理を終えて下に降りてきた彼に声をかけると、どこが悪かったのかを丁寧に説明してくれました。雨樋が壊れていたのではなく、樋と樋の継ぎ目の接着剤がとれていたのだとか。なかなか感じの良い青年だと思いながら、トラックを見送りました。
屋根やさんだから当然ですが、高い屋根の上を平気な顔をして歩いているだけでも尊敬します。
大工さん
もう何年も前になりますが、母屋の改築をしていた時のことです。毎日いろんな職人さんたちがが来ていました。そして何といっても毎日来ていたのが大工さん。
私の父は自他ともに認める不器用。のこぎりを使って何かを作る姿など見たことがありません。だから材木を切ったり組み立てたりしながら、家を建てていく大工さんの姿は実にかっこよく見えました。犬小屋さえ作ることができない人間にとっては、大工さんは憧れであり尊敬の対象です。
あの時は自分がもし生まれ変わったら「大工になりたい!」とまで思ったほどでした。
設備屋さん
これも母屋改築時のことですが、設備屋さんのパワーを感じました。
設備屋さんといえば、トイレなどの水回りの仕事をやってくれる方たちです。地面を掘って官を通したりする工事をします。
ちょうどわが家の仕事の最中にお天気が悪くなり、雨がかなり降ってきました。それも夕方暗くなってからです。それでもずっと仕事を続けている若い設備屋さんたち。
作業をする人たちが風邪をひかないかと、こちらが心配になるほどの土砂降り。でも「大丈夫です!」と仕事を進めていました。
彼らにとってはそれが仕事だから当然のことなのでしょうが、その姿には父も私も感動したほどです。何かを一生懸命やっている姿は素敵ですね。
ただこうした「汚れ作業」はいわゆる3Kになるのかな?華やかな職業ではないけれど、なくてはならない仕事です。それを体を張って担っているということにひたすら尊敬を抱くのです。
この他にもこうした肉体労働に従事する人たちがいますよね。体を張って一生懸命働いている姿は感動ものです。
ピアノが弾ける人
ピアノが弾ける人も私の尊敬する人の部類に入ります。
オタマジャクシもろくに読めない身としては、あのオタマジャクシの塊のような音符を見ながら、両手をちぐはぐに動かしてピアノを弾くということが信じられません。練習すれば誰でもできる、なんて言われても、ろくにピアノに触ったことのない人間には、やはりあれはマジックです。
プロの演奏家はもちろんですが、たとえ小さな子供でも、両手でピアノを弾いているとすごく尊敬してしまうのです。
もちろん他の楽器を演奏できる人も尊敬するのは言うまでもありません。ただピアノってわりと身近にある楽器ですよね(わが家にはないけれど)。だから余計に「ピアノが弾けない」自分は、「ピアノが弾ける」人に憧れてしまうというわけです。
機械を直せる人
機械音痴の父親を持ち、自らも機械音痴な私。耕運機や除雪機、そして車も含めて機械の故障を直せる人をかなり尊敬しています。
全く動かなかった耕運機が、つなぎを着てやって来た人によって素直に動くようになった時は、ただただ感謝でした。プロだから当たり前?いえいえやはりその分野での知識と技術を持っているからこそできるのですから、やっぱりすごいです。
さいごに
つい最近来てくれた屋根やさんがきっかけで、自分の尊敬する人について書いてみました。まだまだ自分ができないことを、さらっとやってのける人たちがたくさんいます。というよりも自分ができないことが多過ぎ~💦。
そういえば学生時代に、ある先生が夫婦のことについて次のようにおっしゃっていました。
「夫婦でも全く違う分野で働いている方が、お互いに尊敬できるから良い」と。本人にしてみれば大したことをやっていないにもかかわらず、他方から見たら「すごい!」というわけです。
もちろん同業の夫婦の場合は「お互いに理解しあえるから良い」ともいえますよね。まあ、どちらでもお互い尊敬しあえればいいんじゃないですかね(笑)。