先週の三連休初日、姉宅の法事に出席しました。本来ならば父が行くところ、入院中でも超高齢ということもあり、私が代わりに参加することになりました。
あのての集まりがどうも苦手な私ですが、さすがにそうもいってはいられず、父の名代ということで動くことに。
結果は、意外にも楽しかった・・・。苦手意識が強すぎたようです💦。
実は私がまともに法事に出たのは今回が初めてなんです。
娘が還暦をとうに過ぎても、まだ父親がこのような行事に出てくれていたため、何とか逃れてきました💦。でもさすがに100歳の父親が入院中のため覚悟を決めました(大袈裟)。
コロナ禍で結婚式も葬式も簡素化され、楽になったともいえます。
法事に至っては、これまでもマメにやる家とほとんどやらない家がありましたよね。うちは12年前に母の法要をしたのが最後です。あれ、何回忌だったのだろう?
ところで法事を法要ともいうのだと思っていたらそうではないようです。
法事というのは仏教行事のひとつであり、お盆も彼岸供養も法事に含まれるのだとか。
私たちがよく言う法事ですが、故人の魂を供養する行事で法要のことをさします。
いろいろある法事行事の中に法要が含まれるというわけです。今回調べて初めてわかりました。ちゃんとわかっている人いるかなあ?私のように無知の人も結構いたりしない?
一般的に法事といえば、親せきや知人が集まってお坊さんのお経を聞き故人の冥福を祈り、その後は会食という流れではないでしょうか。
こうした定期的に行われる法要。何回忌という呼び方をしますが、その回忌の数え方がちょっと変わっていて・・・。
亡くなって一年目を一周忌(これはわかる)、で二年目に三回忌・・・??二回忌じゃないんですよね。
法要の年忌は「亡くなった年数+1」で数えるそうです。どうりで。
三回忌の後は七回忌(6年目)、十三回忌(12年目)、十七回忌(16年目)になり、三十三回忌(32年目)で「年忌明け」とするのが一般的なのだとか。
まあね、三十三回忌にもなると、その家族の中にまた別の故人が加わることも大いに考えられますから、適当なところで「明け」にしなければね。
真面目に法要を行う家は最近はそれほど多くはないかもしれません。
年寄りが世を去り代も変わり、日ごろお仏壇に手を合わせる習わしがある家庭も減っている今日ここの頃。お仏壇がない家もありますから、法要のことを忘れてしまうのも無理はありません。
ただ今回初めて法事に参加して思ったのは、たまにはこういう行事も悪くはないものだ、ということです。
久しぶりに会う知人と話が出来たり、つい最近奥さんが亡くなってから会っていない人が、笑顔で挨拶してくれてほっとしたり・・・。人の集まりも楽しめるようになった自分は大人になったものです。って自分がもう弔われても不思議はない年なのにね、バカみたい。
ということで70近い人間が、何を言っているんだか。精神的な成長の遅れに我ながら笑ってしまいます💦。
あまり気乗りのしなかった法事への出席。以外にも楽しめて、たまにはこういうのも悪くはないものだと感じた、というお話でした。